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都内でも指折りのお嬢様学校、もとえ、由緒正しき女学園に通う、
草野七郎次、林田平八、三木久蔵(五十音順)という、
名前だけ見て女性と判るお人はまずいないだろう、彼女ら三人娘を、
夏休み中に登校していただくのは大変心苦しいのですが…と、
丁寧なお手紙で召喚したのは、学園の祭事への采配を担当するシスターで。
『あなたがたにも、
もっと早くに了解をとっておきたかったのですけれど…。』
何分にも急なお話で、と、
ご自身の手指を胸の前にて組み合わせ、
シスターご自身もどこか戸惑いを隠せぬような態度のまま。
それでも、上つ方からのお声掛かりや何やがあってのものだったのか。
女生徒らの言い分なんぞは聞かれぬという強引さで、
既に決まったこととして突き付けられたのが、
『五月祭の装束を着たあなた方で、
来年度用のカレンダーに使う写真を撮ることとなってしまったのです。』
『………はい?』×3
部活動での利用者以外は無人となる構内で、
毎年恒例の撮影をするのでという連絡が、
毎年担当していただいているスタジオの、
熟練のカメラマンさんから入ったのではあったが。
こたびの撮影は
いつものカメラマンさんの手になるものではないとのことで。
しかもその上、
『実は、今年は趣向を変えてみたいのですよ。』
そうと言われて出された案が、
学園でも恒例の行事、
五月祭の女王たちを配した写真を使ってみたいとのことで。
何と言っても、国や都が文化財と指定した数々の建造物や施設を紹介したり、
若しくは卒業していった方々が様々な風景を見て学生時代を偲ぶためのもの。
よって、これまでに一度だって人物を起用することはなく、
道理も通っており、それがセオリーとなって来ただけに、
あまりに意外な申し出と聞こえたが、
『思うとおりにさせてやってはくれまいか』 と。
趣向か、それともスタジオかカメラマンか。
どれかが誰か…立場のあるお人の意向に添った代物でもあったのか。
そのような強硬なお墨付き添付の仕儀なのだと匂わせるよな曖昧さで、
ごめんなさいとしか言わないシスターだったことから、
彼女らには断るという選択を与えられてはないらしいこと、易々と悟れて。
それでも、まま、
そのスタジオのオーナーカメラマンさんのお弟子さんといや、
七郎次の叔母にあたる、サナエさんという人の思い当たりがあったので。
てっきり彼女が担当かと、だったらまあ我慢できるかなと思いきや、
「……あ〜んなナンパなお兄さんですものね。」
「腕は確からしいんだけどもね。」
あれでもサナエ叔母様と同んなじスタジオで研鑽積んだお人ならしく、
まだまだ さして仕事をこなしちゃいないが、
腕も素性も問題はないとのこと。
撮影のためにと一緒においでのスタッフさんたちはほとんどが男性陣で、
それでも、女学園という現場や、
素材になるのが女子高生だということからの気遣いか、
彼女らに直について世話を焼く担当は、若い女性を二人ほど用意してくれていて。
「でもねぇ。」
「ずっとメール打ってばかりの職務怠慢さだものねぇ。」
幸い“熱中症”とまでは至らなかったらしい久蔵へ、
アイスノンを当てさせ、
取り急ぎ 冷房を利かせた医務室にて、長いめの休憩をと構えてくれたので。
お付きの女性らが打ち合わせかそれともスタッフの男性とのお喋り目当てか、
部屋から出てったのを見届けてから。
お行儀は悪かったが、ずるずると長いローヴの裾をせめてとお膝までめくり上げ、
スツールに腰掛けて、はぁあと一息ついた七郎次や平八であり。
お部屋こそ開けてもらったものの、校医さんも養護の先生も当然のことながら不在。
「…どうせ兵庫は、学会があって京都だ。」
「そうなんだ。」
先程は不覚にも気が遠くなりかかりこそしたけれど、
動悸もしなけりゃ、吐き気や異様な発汗もないし。
校医であり、自身の主治医でもあるその兵庫から、
万が一のためと常備を言い付けられてた、
薄い塩味のタブレットと水を飲んだら、随分と落ち着いて来たらしく。
とはいえ、そんな一言を告げた久蔵だったのが、少しほど寂しげにも見えたのか。
七郎次が白い指先で、額に張りついてた髪を避けてやる。
『高校生のあんたたちを使ってるのはサ、
モデルを使うと高くつくのと、
この暑さだから、カットごとにいちいち化粧直しが要るでしょう?』
あたしらも別にメイクのプロじゃないしぃと、
蓮っ葉な物言いで説明をしてくれた世話役の女性らは、
実は単なる女子大生なのだそうで。
要領を得ない喋りようを何とか突き詰めると、
つまり、この三人娘の起用は単に費用節減のためだと言いたいらしく。
すっぴんでも問題ないほどの愛らしさだからとは、
口惜しいのか口が裂けても言うものかとしている意固地さが仄かに覗く。
そんな微妙な対抗心を抱えた彼女らなものだから、
撮影の合間合間に傍らにいてはくれたけれど、
それはきっと女性の相対比を上げるためとしか思えぬ配置。
何をしてくれるでなく、
あまりに汗が浮いていればやっと拭いてくれる程度なので。
いっそ邪魔かもと、こちらさんたちまでが思ったほどの役立たずさだったりし。
「………。」
「? ああ、彼らはどうしてるか?」
暑くなる前にということか、午前中にあちこち回って撮ったのが既に5カット。
野外音楽堂に、アールヌーボー調の意匠がレトロな温室、
厳格な中にも優しい繊細さが同居する聖堂に、
ステンドグラスが美しい礼拝堂。
生徒会の執務室になっている洋館に…と、
主な文化財や記念物はほぼ浚っていて。
あとは、創立の年に植えられたという記念樹と、
前庭の途中、登下校の際に必ずその前を通過するブロンズのマリア像、
「…くらいのものだからかな。
此処から見えるところにはいないようだよ。」
シックにも木の枠という窓から外を眺めやり、
緑の梢が弾く木洩れ陽に眸を細めながらも、そうと伝えた七郎次へ、
「………なぁんか、妙な撮影だよね。」
わざわざ言葉という形にしたのは平八だったものの、
それは既に残りの二人も実感していたことであり。
「手際や何やが怪しいってことじゃないんだけど…。」
「雰囲気が変っていうか…。」
何から何まで不自然極まりない感触のするこの運び。
普通一般の、若しくは世間知らずなお嬢様だったなら、
何とはなく居心地が悪いが、
こういうものかもねと自分を納得させて終しまいなところだが。
そこはそれ、普通の女子高生じゃないものですから……。
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